The Rose

妻・夫を愛してるITエンジニア Advent Calendar 2016」の15日目らしいです。

僕のことを知らない人が読んでいると思うので、簡単に書いておくと僕はClojureを主に書いてるプログラマで、妻は某赤色の会社でエンジニアをしていました。


約1年半と少しくらい前、僕と妻は短い交際期間を経て結婚した。僕と妻の誕生日が奇跡的に1日違いだったので、婚姻届をそれに続くように提出した。 それが付き合い始めてから半年くらい経った後のことで、僕と妻が夫婦として生活を始めた日だ。

結婚当初はちゃんとしたテーブルもなくて安物のローテーブルでご飯を食べてたし、お互いにハリキリ過ぎてご飯が3,4人前はあるんじゃないかっていう量を作ってしまっていたり(品数が多過ぎたり)、 砂糖と塩を間違えて逆の分量入れてしまった卵料理を作ったり(これは僕だけだけど)、僕と妻の面白可笑しい夫婦生活はそんな始まりだった。

結婚生活も半年を過ぎてくるとお互いの生活リズムというのも、ちゃんと分かるようになってきて、 僕は妻より必ず早く起きるので朝から洗濯物を干して、ゴミを出し、妻は僕よりは早く帰れるので平日5日のうち3日は妻が夕食を作り、 土日のどちらかには必ずふたりで歩いて近所のスーパーまで買い物に行って1週間分の食材を買い込むのが日常になった。 ふたりとも料理をするので、冷蔵庫の中身(勿論、外も)はお互いほぼほぼ全て把握しているし、お互い得意な料理が違うので、リクエストしたりされたりしながら、買う物を決めていくのがいつもの光景だ。

いつの間にかローテーブルはしっかりとしたテーブルとチェアに変わり、良く見るレシピサイトはクックパッドから白ごはん.comに変わり、 身内だけで小さな結婚式を挙げ、僕が作る唐揚げと妻の作る豚の角煮の完成度は高くなっていった(ああ、言い忘れていたけれど、妻の作る豚の角煮は最高なので写真を載せておく)。

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結婚してから1年遅れの結婚式を挙げてから2ヶ月程経った頃、妻が突然寝起きに腹痛や吐き気がすると言い、朝起きて会社に行くのがしんどいと訴えはじめた。 最初のうちはただの疲れやストレスが身体に出ただけだと思っていたし、彼女自身逆流性食道炎は持病だと言っていたので最初はそういうものなのだと思っていた。 しかし、体調不良を訴えはじめてから足繁く病院に通いつめたにも関わらず、妻の体調が良くなる兆しが見えることはなかった。

1ヶ月近くそのような状態が続いたように思う。体調を誤魔化しながら出勤したり、あるいは自宅で仕事をしたりしていたのだけど、ついに起き上がることすら困難な日が多くなってきた。 この頃には、逆流性食道炎のような症状に加えて、不眠などの症状も出ていて、連日のように「死にたい」「ごめん」「離婚しよう」などと言うようになっていた。

元々、料理が好きなのに「包丁を握るのが怖い」などと言っていて、理由は言わずもがなだけどその様は酷く可哀そうだった。

ここまでなってしまうと僕も妻も「うつ病」というものから目を背けるのは難しくなっていた。薄々そうじゃないかとは思っていたけれど、もうそれしか疑いようがなかった。 妻へ休職や退職を勧めるも最初はそれを拒んでいた。仕方ないので妻をなんとか説得し、心療内科へと行ってもらった。 妻はうつ病と診断されて帰ってきた。原因は体調を崩す前に行われていた会社の大規模な組織変更とその後に任された仕事のようだった。最終的に妻は夏になって仕事を辞めた。

会社と関係を絶てば体調は良くなると思っていたんだけど、世の中そんなに甘くなくて、相変わらず体調の悪い日が続いた。 仕事を辞めても良くならないから、妻はそれまで以上に気が滅入っていった。そう簡単に改善するものではないと分かっていても、好転しない状況で藻掻き続けるのは想像以上に過酷だったと思う。

僕に出来るのは朝から妻の体調がひどいと分かってるときは自宅勤務に切り替えたり、妻が精神的に不安定なら仕事を休んで一緒にゆっくりしたり、 出勤した日は出来るだけ早く家に帰って一緒にいてあげることだけだった。

妻が仕事を辞めて1ヶ月程経ったころから徐々にではあるけど、以前のような生活を取り戻していった。 少しずつにではあったけど、以前のように料理を作れるようなって、一緒に買い物に行ったりするということが出来るようになった。 これを書いている今はやっとまた働きたいという気持ちになれたようで、就職活動を頑張っている。僕はそれを応援しながら、ちょっと落ち込んだりしているときに励ましたりしている。

今回、この一連の話を書こうと思ったのは「愛する」ということを深く考えさせられた年だったからだ。

妻がうつ病と闘っているときにしばしば「離婚しよう」などと言われることがあった(何故、そういう言葉が出てくるのかといえば、何も出来ない自分に負い目を感じていたからだろう)。 これが本心から離婚したいと思って発言しているわけではないことは、ある程度うつ病に対して理解があれば簡単に分かる。 しかしながら、改善するかどうかも良く分からないうつ病患者である妻と向き合ったとき、この申し出に対して一瞬考えてしまう自分がいたのも確かだった。 損得だけで考えるなら、子供がいるわけでもなく、家事の一切をすることが出来ず、収入のない女性と離婚することに対して世間体以外の問題はないように思う。

それでもその申し出を真に受けることなく、今でも夫婦としていられるのは妻をただ代えの利く女性としてではなく、ひとりの人間として認め愛しているからにほかならない。 昔、ある女性歌手が「 I say love, it is a flower, and you, it’s only seed 」と歌っていたけれど、僕にとっての種子(たね)は妻その人しかいない。

これからも、何があっても妻を支え、ときには支えられ、妻と一緒にこの先長い人生を歩んでいこう。 結婚式のときふたりで誓った言葉を思い返しながら、そう思った結婚2年目の冬でした。

P.S.

ちょっとばかり重い文章になってしまったかなと思うのだけど、これを読んでどう思うか何を感じるかは読んだ方に任せたいと思います。 あえて言葉足らずや説明不足を感じるようにしている部分もあるし、僕が期待していることと違うことを感想に持たれるのは仕方ないと思っています。

それから、途中にうつ病の妻から離婚を提案されている箇所がありますが、パートナーがこのような状態のときに人生における重大な決断をするべきではない というのが一般的な見解だと思うので、正常な判断が出来るくらいに状態が改善されるまではその話を真に受けてはいけないと思います(当たり前ですね)。 とはいえ、この状態になると色々大変な思いをすることもあると思うので、共倒れにならないよう周りに助けを求めるなどした方がいいかも知れません。

最後に、結婚生活は色々あって大変じゃないと言うと嘘ですけど、それを補って余りあるくらいには僕は幸せです(妻もたまに幸せだと言ってくれているのでお互い思っていることはきっと同じでしょう)。